2020/12/31
「君は放課後インソムニア」
いわゆるボーイミーツガールストーリーではあるが、出色の作品。
不眠症に悩む中見と曲は、今は廃部になって使われていない天文部の部室をこっそり昼間の休憩場所として使っていた。ある日、教師の倉敷にその事実を知られてしまう。倉敷の計らいで、今後二人が天文部の部員としての実績を上げることを条件に部室の利用を許可される。活動を通して徐々にその距離を近づけていく2人。それまで誰にも深く隠されていた不眠症の理由が徐々に明らかにされ、穏やかな眠りにつくために互いの声を届けようと深夜に使われるラジオアプリのやりとりなどは切なく感動的。二人は天体写真を撮るための最終目的地、能登の果てを目指す。
「おかえりアリス」
鬼才押見修造先生の最新作。
幼馴染の三人、美少年の慧、内気な洋、美少女の結衣は中学でも仲良くしながらも結衣は心密かに慧に惹かれ、洋は結衣に憧れていた。親の事情で北海道に転居していく慧。やがて高校に進学した洋と結衣は友達以上の関係になっていた。そんな時に慧が北海道から戻ってくる。・・・美しい少女となって。蠱惑的な慧の誘惑に洋は彼のキスと拒みきれない。同様に結衣も彼からのキスを受け入れてしまう。「自分は女になりたいわけじゃない。男を降りただけだ。」そう言い切る慧を前に二人の性的アイデンティティは激しく混乱する。この先、三人の関係はどうなっていくのか。
小説編
「52ヘルツの鯨たち」
幼ない頃から思春期まで、親からの激しい精神的虐待と搾取をされ続けていた貴瑚は、実家を離れ遠く大分の港町に移り住んでいた。そこで、彼女は激しい虐待を受けている少年と出会う。彼女は少しずつ彼との関係を深めていく。貴瑚は彼の中に過去の自分を見出していると同時に、彼女の行動には恩人のアンさんへの贖罪の思いもあった。かつて、アンさんは貴瑚を地獄のような実家から救い出してくれたのだが、貴瑚は彼の言葉に真摯に向き合うことができなかったために悲劇的な別れを体験することになってしまっていたのだった。少年を虐待から救うべく動き始めた貴瑚。彼女はアンさんに対する罪の思いから解放されることができるのだろうか。爽やかな読後感が心地よい。
「愛されなくても別に」
母子家庭に育った陽彩は母親に反対されたにもかかわらず、大学に進学し、その代わりに私生活の大部分をアルバイトに費やしながら、実家の生活を支えている。怠惰で乱費傾向のある母親に悩まされながらも、彼女の「愛してるから」という一言に陽彩は尽くすことをやめられない。しかし、ある出来事が彼女の押さえ込んできた感情を爆発させてしまう。「愛されているなら、子供は何をされてもいいのか?」家を出た彼女は、やはり実家から逃げ出して一人で生活をしている大学の同級生江永の元に身を寄せる。「愛」や「家族」という言葉の呪縛から必死に逃げ続ける二人の惑いながらも毅然とした態度が、力強い読後感を残してくれる。