院長日記 Part2

院長日記 2008/06/15

「赤紙顛末記」その2裁判所編 フィリップ・マーロウ風

冷たい雨の中、俺はその建物の前で立ち止まった。黒い御影石で作られた陰気な裁判所の建物は、威圧するようにそびえたち、頂部は灰色の霧の中に隠れていた。トレンチコートの襟を掻き合わせると、俺は玄関の石段を上がって薄暗い建物の中に入っていった。暗闇に目が慣れると、扉の影に控えていたと思しい警官が目の前に立っているのがわかった。一部のすきもなく着こなした制服、胸元までぴっちりと止められたボタンの上には、血の気の薄い顔に、蛇のような鋭いまなざしが光っている。
「時間通りに出頭したな。来たまえ。」
警官は先に立って歩き出した。
案内されたのは、建物の天井まで吹き抜けて作られているのではないかと思うほど大きな法廷だった。薄暗い光の中で、ひときわ高い段のうえに3人の男が座っている。法服を着ているところを見るとこいつらが裁判官なのだろう。全員が生まれてから一度も笑ったことのないような顔をしていた。
「被告人、前に出たまえ」
真ん中の判事が口を開き、法廷に大きな声が響き渡った。俺は仕方なく3人の前に進み出た。
「当法廷は、被告人に対し、暴走運転ならびに道路交通法違反の罪で懲役30年の刑を申し渡す!」
判事の言葉が焼けた弾丸のように俺の胸を打ち抜いた。いつの間にか現れた2人の警官がすばやく俺の両腕をつかむ。
「これはなにかの間違いだ!」
俺は叫んだ。しかし、言葉はむなしく建物の壁に吸い込まれていった。そのまま警官たちは俺を建物の奥に引きずっていく・・・

はっ!夢か!

本物の裁判所はとってもきれいな近代的なビルでした。
違反切符の受付は病院の待合室のような感じです。順番に「××さんどうぞ―」と言う具合に検事室に呼ばれます。

丸顔のぽてぽてした優しそうな検事さんが、
「イヤー、ゴールド免許だったんですかぁ。」
と、ニコニコしながらいいました。
”おっ、結構やさしいじゃん。これなら少しは勘弁してくれるかも・・・“
待つこと15分。

被告人を罰金40000円および30日の免許停止処分に処す

ゲッ・・・甘くはなかった・・・

院長日記 2008/06/12

「最強ウイルス」NHK出版

・・・カーテンも雨戸も締め切った暗い室内の床に、寄り添うように夫婦とその子どもが毛布にくるまって座っている。どこか遠くでガラスの割れる音がする。食料や薬を求める暴徒たちが、手当たり次第にめぼしい家に侵入しようとしているのだろう。父親は窓と入り口に太い釘で打ち付けた板の具合をもう一度点検して、その隙間から外の様子を伺った。車庫にあった車はめちゃめちゃに壊され、雨戸は投石の傷だらけになっている。先日の襲撃のせいだろう。道路には行き倒れた人が動かないまま横たわっている。ラジオをつけてみたが自動放送の声が外出禁止を訴え続けているだけだ。電気も電話も止まったまま。食料と水の残りもあと1週間とは持たないだろう。そのときはウイルスのことなどかまってはいられない。外に出るしかないだろう。・・・生き残らねばならないのだから・・・

 この本を読んで、頭の中にこのようなイメージがわいた。ただの空想とお思いだろうか?しかし、
SF映画のようなこんな悲惨な未来がここ数年のうちに本当にやってくるかもしれない。
  現在鳥インフルエンザと呼ばれているウイルスは、近い将来確実に人から人へと感染する新型インフルエンザに変異すると考えられている。
恐るべきはその致死率である。現在の鳥型のもので人間では約60%、10代の子どもになるとなんと70%を越えるのである。人型に変異して、死亡率が半分に低下したとしても30%。
国内で数百万人から1千万人が死亡する事態もありうるだろう。ひと家族のうちから一人は感染し、死亡するのである。このまま何も手を打たなければ、おそらく社会基盤は完全に破壊されるだろう。そのときは政治も、経済も、司法も、医療も、食糧需給も何もかもが回復の見込みのないまま機能を停止する恐れがある。
  日本では感染者10%、死亡率2%とした統計を発表しているが、アメリカ政府は自国での対応
シュミレーションに感染者25%、死亡率20%という数値を使っている。そして、この恐るべきウイルスを迎え撃つべく、その戦略的防衛体制構築に全力を上げているのである。
  それにくらべて、日本は先日やっと厚生労働省に対策班の看板を掲げただけである。
この危機意識が薄さ、致命的なほどの対応の遅さが本当の命取りにならないことを切に望む。
われわれの子どもたちのためにも。

院長日記 2008/05/19

「赤紙顛末記」東映時代劇風

人生一寸先は闇。些細なきっかけで、なにがどう変わっていくものかわかりゃあしません。あっしも先日、ふとした出来心から、今では立派な前科者になってしまったのでございやす。

あれは、風もすがすがしい皐月の15日。何が悪かったのでございましょうか。家を出ていくのがちっとばっかし遅れたことか。宵の眠りが悪くて少々気が立っていたせいか… 
とにかく、その朝はいつもよりも仕事場へと急いでおったことは事実でございやす。
前を走る車を、右によけ、ほい、左によけ・・・と、いい調子で運転し、よっしゃ、前が開けたと踏み込んだとたんでございます。目の前で、旗を持った屈強な青服の旦那衆がわらわらと道をふさぐじゃありませんか。
「おんやあ、こんなところで工事かねえ…」とぼんやり考える頭の片隅では「オーマイガッ!玉砕じゃー」という声が聞こえておりました。
お察しの通り、その方々はお奉行所の捕り物衆の皆々様方、通称、交通機動隊と呼ばれる旦那衆でございました…
捕り物方の皆様に囲まれて、いたしかたなく番屋のマイクロバスへ。
番屋のお役人様から、
「そのほう、名はなんと申すか」
「…へへい、姓は重富、名は裕司、通称こぶし先生と呼ばれる、けちな開業医でございやして…」
「そのほう、この道路を何とこころえる!制限速度を33kmもこえておるではないか、申し開きできるか!」
「へへ〜っ!仰せのとおりにございやすう…」
「おぬし、今回は青切符では済まぬぞ。水無月3日、金田の裁判所に出頭いたせ。追ってお奉行からのご沙汰があろう。それまではこの免許証はこちらで預からせてもらうぞ。よいな!」
「へへ〜っ、異存はございませぬ」

てなわけで、あっしは来月3日お白州に引き出される身となったのでございやす。7年間の無事故無違反のゴールド免許も灰となっちまいやしたあ…

次回は『裁判所編』、乞うご期待。
…つぎはフリップ・マーロウ風に行くか…(*_*)

院長日記 2008/04/25 『最近読んだ面白い本』

■アウステルリッツ F.ゼーバルト
アウステルリッツの語る記憶は出所も定かではなくなった、失われたフィルムの断片である。
脈絡なく続く、そのエピソードの一つ一つは過去の起源を指し示すかのようでいて常に意味づけを逃れ続ける。
その一つ一つの奇妙な記憶のエピソードをたどることを途中で止めることもできずに「わたし」とともに物語りに引き込まれてしまう。
異様な小説である。


■眠れない一族 ダニエル・T・マックス
イタリアのある一族のみに生じる家族性致死性不眠症。
その正体は伝染性タンパク、プリオンであった。
そして、地球の裏側ではニューギニアの人肉食によって伝染するプリオン病クールーが発見されていた。
この2つのプリオン病をつないでいるものは何なのか。
奇妙な病原性物質プリオン発見に関しての歴史をたどりながら、過去のつながりが明らかにされていく。


■オリュンポス D.シモンズ
最近のSFは科学論文みたいなやつが多くて、自分としては感情移入がぜんぜん出来ないのであるが、シモンズは数少ない物語としてのSFが書ける人である。
仕掛けもでかいし、細部もマニアック。アシモフやL.ニーブンで育った世代は涙が出そうになる。
「ハイペリオン」は最高傑作のひとつで、複雑に構成された物語、個性的な登場人物。語りの芸の広さなど、いずれをとっても超1級である。
せんじつ、A.C.クラークが亡くなり、小松左京も「虚無回廊」の続編を書かなさそうである今、スケールのでかいSFには当分出会えそうもない。
最近の作家のはほとんどジャンクばっかりである。


■A-A’半神 萩尾望都
最近新装版が出版され始めて、あらためて「ポーの一族」などを読み返したが、個人的には円熟期の短編が非常に好みである。
このほかにも名作「半神」などもある。
萩尾の世界は統合失調症であると以前話してくれた友人がいたが、私には自閉症の世界だろうと思う。コミュニケーションの様式が異なるがために疎外され、孤立した主人公が垣間見せる内面の感情世界はわれわれと何の違いもない。
ただ、彼らの思考様式、表現の様式が異なっているだけである。
閉じた宇宙に啓示のように現れる、愛の認識の瞬間はいつもながら感動的。
流麗で、結晶質の表現が独自のアトモスフィアを作り出している。

院長日記 2008/04/10

安全配慮義務

最近は職場恐怖症のような状態になって、職場を休んだままなかなか出勤できなくなるような方もおられて、治療に難儀するようなことも増えております。
しかし、相変わらず生真面目で、燃え尽きたような状態でうつ状態になってしまって来院されるうつ病親和型性格の方も後を絶ちません。
先日、そんな患者さんが外来にやって来られました。かなりきつそうで、注意を要するような状態であったので、3ヶ月の休職の診断書を書いて渡しました。ところが、その上司からは「精神科の医者はすぐにうつ病と病名を付けて2ヶ月も3ヶ月も休ませる。とりあえず、1週間休んでみてまた出て来い」といわれたそうです。この発言には「医者よりも俺の言うことをきけ」ということと「1週間も休んだら仕事に戻れるだろうが」というメッセージが含まれているわけです。うつの人にはかなりきついプレッシャーでしょうね。
国を挙げて自殺者を減らそうとがんばっているご時勢に、いまだこの類の上司がいるから困ったものです。
「安全配慮義務」という言葉を知らないのでしょうか。この患者さんが再度出勤した後に何か起こった場合、診断書を黙殺したこの職場は「安全配慮義務違反」に問われます。義務といっても法的な義務であるので、立派な損害賠償の対象になります。有名な2000年の電通事件では、うつ病にかかったのも自殺したのも職場とは関係ないと主張した電通側の主張はまったく通りませんでした。
「安全配慮義務」は病気の問題だけではなく、職場のいじめなどに対しても、必要であれば適切な措置を講ずるように職場に求めています。
病気やいじめなどで思考力の弱った人は、職場から厳しい言い方をされても何の反論もできないことが多いですが、労働者にもきちんとした権利があるということは身を守る知識として身につけておきたいことです(濫用はいけませんけどね)。

院長日記 2008/03/19

先日もお話したとおり、うちの息子は多動気味なのであるが、犬も負けず劣らず多動である。
名前は「重富ポッキー」
なぜ、ポッキーと命名されたかというと、息子がコミック「三丁目の夕日」に出てくる犬が気に入って名づけたのであるが、その犬は、トラックに轢かれて短い人生を回想しながら死んでいくという悲惨な役回りで、おいおい、何もそんな犬の名前にしなくても・・・・と思ったが、結局そうなってしまった。
犬種はミニチュアピンシャーというのだそうで、先祖は猟犬ということらしい。
これがまた相当多動である。
檻の中をうろうろうろうろ、家人を見かけるとサルのように柵に登って吠える、相手をしないとジャンピングしながら吠えまくる。仕方がないので柵から出すと、抱えている手から身をもがき離して、脱兎のごとく家中を走りまくる。庭に出すとチューリップの球根をほじくって食べる。通行人に吠え掛かる。すばやくウンコをする。夕飯時にはこちらのメシが気になって仕方がないのか、しきりにアプローチするので、しょうがなくレタスをやったら、翌日下痢をする・・・などなど

ある日、家に帰ったら、なんとなく家の雰囲気が違う。よくよく考えてみるとポッキーがいない。・・・そうか、明日から旅行であった。ペットホテルに預けられたのである。

その晩はポッキーのせがむ鳴き声も聞かず、ゆっくりと食事を楽しむはずであった。
しかし、静かな家は不思議と物寂しい。余り静かなので、食事の合間に意味もなくテレビをつけたりする。なんとなく落ち着かないので、ばかばかしいとはおもいつつ、檻の中を覗き込んで、「おい、ポッキー」と呼んでみたりする。
妙に家の中が広く感じられた夜であった。

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2日後ペットホテルから帰ってきたポッキーは、すねまくって毛布にもぐりこんだまま半日出てこなかった。

院長日記 2008/02/25

薔薇の名前 U.エーコ

もう20年以上前に出版された本であるが、数年に一回は読み返している。
読むたびに新鮮な驚きを感じる。
中世の異端に主題をとった作品が、この本の後数多く出版されたが、どれもこれには及ばない。
教皇と皇帝の叙任権闘争さなか、イタリアの僧院で起きる黙示録の主題に沿っておこなわれる連続殺人事件。
神学、記号学、文献学、聖書学、スコラ哲学、異端思想などの驚異的な知識をちりばめながら進行する物語はまさに巨大な迷宮。
山内志朗「普遍論争」を最近読んでまた読み返したくなった。

院長日記 2008/02/22-2

昨年からの精神科の面接時間に関する議論にかんして

精神科の診療報酬を診療時間の長さによって区分けしてはどうかという話が、昨年厚労省のほうから提案されかなりの議論になりました。
これは、東京でほとんど診察をしないで薬物の処方をおこない、多額の精神療法を請求していたクリニックが行政指導を受けたという事件が大きく影響していたようです。
精神科のあり方を深く考えさせられた事件でありました。

診療に時間制を導入するということ関しては、医師の中からも賛否両論が起こっていたようで、興味深い意見が多数出されていたようであります。
極端なものでは、心の診察に長い時間をかけることは当たり前のことであるので、反対するような医師は精神科を食い物にしている連中でしかない、というものまでありました。

しかし、私個人は今のところ反対です。

わたしの外来通院者の中には、地域に住む単身の統合失調症の患者さんがいますが、その中から一例を挙げてみます。
その中のある人は、通院して薬をもらいながらも、日常生活が自分ひとりではうまくやれないことや、薬の自己管理ができません。
このため、訪問看護師、ヘルパーの導入を行い、定期的に当院のケースワーカーが訪問を行って状況のチェックを行い、数ヶ月に1回のスタッフ同士の連絡会議を行って情報交換をして、今後の検討を行っています。
つまり、地域医療で患者を支えているのは、実は医師のみではなくて、現場のさまざまなスタッフによる努力です。
このような努力のおかげで、この患者さんは何年も落ち着いた状態を保つことができ、病院では薬の受け渡しと、体調の報告を私が聞くのみという面接が続いています。
おそらく面接時間は10分もないとおもいます。

このような場合、10分に満たない面接であるから、10分以上の面接よりも劣っているといえるのでしょうか?
10分以上の面接のほうがより適切な医療をほどこしているといえるのでしょうか?

これはほんの一例に過ぎません。
仕事をしている人が病気になれば職場関係者、産業医との連絡も必要になります。
学校であれば、教員、養護教諭との話し合いも必要になってきます。

このようなことを考えるに、厚労省は患者一人ひとりへの組織的なかかわりをまったく無視したまま、精神医療の質というものを面接室内での時間の経過という尺度に還元してしまっているように思えるのは私だけでしょうか。

面接は確かに大事です。丁寧に患者さんの話を聞き、感情を汲み取り、観察していくこと。得られた情報で、適切な治療法を考え、それを患者さんにフィードバックしていくこと。
それには、患者さんへの共感能力、長年の経験に基づいた面接の技術が必要となります。

それのみを考えるならば、長く丁寧な面接に対する一定の評価も必要ではありましょう。
しかるに、精神医療全体を考える場合、評価されるべきなのは面接の長さやそのテクニックばかりではないのではないでしょうか。

残念ながら、厚労省の持ち出した時間制という発想には、鼻から地域医療、チーム医療という観念が欠落しているように思えます。
私にとってこの案は、患者さんを地域で支え続けているさまざまなスタッフの数値化が困難な努力を、あえて診察室での面接の時間という数字に(意図的に?)還元してしまおうという危険な考え方のように思われるのです。
このようなとらえかたで精神医療の質を評価できると考えている限り、現実に即した地域医療の充実は程遠くなってしまうでしょう。

ほんとに、映画のせりふではありませんが「治療行為は診察室で行われているんじゃない、現場で行われているんだ!」といいたいところですね。

院長日記 2008/02/22-1

バレンタインデー

もう、過ぎてしまいましたが、わたくし、バレンタインデーが大好きです。

といっても、私に甘いプレゼントを渡すことを夢見る大勢のマドモアゼルが待ち構えているというわけではありません。だったらいいのですが。

なにをかくそう、私はチョコレートが大好きなのです。最近はデパートを中心にバレンタイン近くなると海外のパティシェの普段が食べられないような美味なチョコレートが大量に輸入され、私にとっては気分の浮き立つような時期であります。
ファブリス・ジローだのカッセルだのという名前を聞くと、もうわくわくして1月の末から落ち着きません。
当日近くになると、デパートに出かけていって、華やかなウインドーに額をくっつけるようにしてどれにしようかと思案すること1時間。ああ、賞味期限さえないなら山のように買って行くのになどと考えながら・・・・
女性ばっかりの売り場の中で、ひげ面の中年親父がウインドウにへばりついて、いったいどう思われているんだろうと頭をよぎることもかつてはありましたが、今はもうそんなの関係ねー!!

戦利品を賞味しつつ味わうコーヒーの一杯。
私の2月のささやかな楽しみの一つです。

院長日記 2008/01/10

おそくなりましたが、あけましておめでとうございます。
よりよい医療を目指して今年も尽力していく所存です。
よろしくおねがいもうしあげます。
今年は診療報酬改定などで、さまざまな面で皆様にご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、なにとぞよろしくお願いいたします。